私たちは九州・福岡県から家族で屋久島へ移住(LOST IN)し、この島での暮らしも四年目を迎えました。
世界自然遺産の島、屋久島。
豊かな森と清らかな水に恵まれる一方で、台風や豪雨、強い日差しなど、自然の厳しさとも隣り合わせの土地です。
そんな屋久島で、私たちは柑橘をはじめ、季節の野菜や果物を育てています。
この島で暮らし、土に触れ、自然と向き合う日々の中で、私たちは改めて考えるようになりました。
本当の豊かさとは何なのか。
自然とともに生きるとは、どういうことなのか。
そして、これからの時代に、私たちは何を大切にして生きていきたいのか。
その問いに、まだ明確な答えがあるわけではありません。
けれど、日々の暮らしや農業を通して、少しずつ見えてきたものがあります。
それは、自然も人も、決してひとつだけでは成り立たず、さまざまな生命や存在が関わり合い、支え合いながら生きているということです。
私たちの原点にあるもの。
私がまだ学生だった頃、母が癌を患いました。
約5年間の闘病の末、母はこの世を去りました。
その頃、母の病気をきっかけに、私たち家族は「有機」という言葉を知りました。
食べるものや、日々の暮らしについて、これまで以上に考えるようになった時期でもありました。
けれど、当時の私たちは都会で暮らしていて、日々の生活にも限りがありました。
有機と表示された野菜や食品は、普段スーパーで買っていたものよりも高価で、私たち家族にとって、気軽に選べるものではありませんでした。
大切な人のために、少しでも良いと思えるものを選びたい。
そう願っていても、経済的な事情によって、その選択ができないこともある。
あの頃の私には、「有機」という言葉が、とても遠いものに感じられました。
それから年月が経ち、今、私は屋久島で農業を営んでいます。
農業を始めてみて、自然と向き合いながら作物を育てることの難しさや、そこにかかる時間、労力を知りました。
手間をかけて育てた農産物に、それに見合った価格がつくことも大切です。
生産者自身が、安心して暮らしていけることも必要です。
けれど同時に、かつての私たち家族のように、食べものを選びたくても選べない人がいることも、忘れたくありません。
良いと思える食べものを選ぶことが、一部の人だけに許された特別な選択であってほしくない。
その思いは、今も私の中にあります。
母の病気と、当時食べていたものとの間に、何か原因や関係があったと考えているわけではありません。
ただ、あの経験を通して、食べものや暮らしについて、自分自身で考え、選択できることの大切さを知りました。
土を育て、生命の循環を大切にする。
私たちが農業で大切にしているのは、自然を思いどおりに変えることではなく、自然の営みに寄り添うことです。
土の中には、目に見えない無数の微生物や小さな生命が存在しています。
落ち葉や草木が分解され、やがて土へと還り、その土からまた新しい生命が育っていく。
自然界では、長い時間をかけて、そんな循環が繰り返されてきました。
私たちは、その仕組みをできる限り大切にしたいと考えています。
私たちの農園では、農薬や化学肥料を使用していません。
肥料は、米ぬかや油粕、魚粉などの有機物を組み合わせ、微生物の力を借りながら、自分たちの手で発酵させてつくっています。
原料を選び、配合を考え、発酵の様子を確かめながら、時間と手間をかけて土づくりに取り組んでいます。
目指しているのは、肥料の力だけで作物を大きくすることではありません。
土の中の生命が豊かになり、その働きによって作物が健やかに育つ環境をつくること。
自然由来のものをできる限り活かし、土が本来持っている力を引き出していくこと。
作物を育てる前に、まず土を育てる。
それが、私たちの農業の基本です。
農薬を使わないという選択。
私たちは、栽培において殺虫剤や殺菌剤、除草剤などの農薬を使用していません。
それは、単に農薬を使わないこと自体を目的としているのではなく、自然の中に存在するさまざまな生命のつながりを、できる限り大切にしたいと考えているからです。
畑には、作物だけが生きているわけではありません。
虫もいれば、草も生え、土の中には数えきれないほどの微生物が存在しています。
それぞれが複雑に関わり合いながら、ひとつの環境をつくっています。
もちろん、自然の中で作物を育てることは、決して簡単ではありません。
虫に葉を食べられることもあれば、病気が広がり、収穫できなくなることもあります。
そんなとき、私たちは薬剤の力で無理に解決するのではなく、まずは原因を考えます。
土の状態はどうだったのか。
植える時期や場所は適切だったのか。
風通しや水分、周囲の環境に問題はなかったのか。
できることを考え、手を尽くし、それでも難しいときには、その作物の収穫を諦めることもあります。
人間の都合だけで、すべてを思いどおりにしようとはしない。
ときには自然の厳しさを受け入れ、そこから学び、次の栽培へとつなげていく。
それは決して、何もしないということではありません。
自然と向き合いながら農業を続けていくための、私たちなりの選択です。
自然を支配するのではなく、自然とともに育てる。
その考えを、日々の農作業の中で実践していきたいと思っています。
有機JAS認証について、私たちの考え。
私たちは現在、有機JAS認証を取得していません。
有機JASマークは、定められた基準に従って生産され、第三者による検査・認証を受けた農産物などに表示されるものです。
生産者の取り組みを客観的に示し、消費者が商品を選ぶうえでの大切な目印になるものだと考えています。
一方で、私たちは、認証の有無だけでは伝えきれない農業への思いや、日々の取り組みもあると感じています。
私たちが自信を持ってお伝えできるのは、栽培に農薬や化学肥料を使用していないこと。
そして、米ぬかや油粕、魚粉などの有機物を組み合わせ、微生物の力で発酵させた自家製の肥料を中心に、土づくりから取り組んでいることです。
有機JAS認証を取得していない以上、私たちの農産物を認証された有機農産物としてお伝えすることはできません。
だからこそ、認証があるかのように見せたり、特別な言葉で必要以上によく見せたりするのではなく、実際に行っていることを、ありのままに伝えていきたいと思っています。
何を使い、何を使わず、どのように育てているのか。
うまくいったことも、失敗したことも含めて、できる限り正直に伝えること。
私たちは、そうした積み重ねが信頼につながっていくと考えています。
認証の価値を尊重しながら、認証だけでは伝えきれない私たちの農業も、知っていただきたい。
それが、私たちの思いです。
本当の豊かさとは何だろう。
今、世界に目を向けると、これまで当たり前だと思っていた社会の仕組みや暮らし方が、少しずつ限界を迎えているように感じます。
環境の変化、資源の問題、経済的な格差、世界各地で起こる争いや分断。
本当は、ずっと前からわかっていたことなのかもしれません。
便利さや効率、経済的な成長を追い求める一方で、自然環境や人とのつながり、私たちの暮らしを支えてきた大切なものが、少しずつ失われてきたように思います。
もちろん、お金や経済は、社会や暮らしを支える大切な仕組みです。
けれど、どれだけ資本やお金があっても、それだけでは解決できないことがあります。
豊かな土や森を育むには時間が必要です。
人との信頼関係も、お金だけで手に入るものではありません。
困ったときに助け合える関係や、自分たちの手で何かを生み出す力も、日々の積み重ねの中で育っていくものだと思います。
だからこそ、これからの時代に必要なのは、何かを買う力だけではなく、自ら考え、一歩を踏み出し、行動する力ではないでしょうか。
そして、その力を一人で抱え込むのではなく、誰かと分かち合うこと。
知識や技術、経験を持ち寄り、互いに学び、支え合うこと。
すべてを自分たちだけで賄う必要はありません。
誰かが食べものを育て、誰かがものをつくり、誰かが知恵を伝える。
それぞれの得意なことや、できることを持ち寄り、足りないところを補い合う。
困ったときには自然と手を差し伸べ、誰かの新しい挑戦を周りの人たちが支えられる。
そんなコミュニティーや社会のあり方が、これからますます大切になっていくと感じています。
私たちは、お金や経済を否定したいわけではありません。
ただ、お金で買える豊かさだけが、人生の豊かさではないということを忘れずにいたいのです。
自然の循環と、人が支え合う社会。
私たちにとって、農業は単に食べものを生産し、販売するための仕事ではありません。
土に触れ、自然から学び、食べものを育て、それを誰かと分かち合う。
その営みの中には、これからの暮らしや社会を考えるための、大切なヒントがあるように感じています。
森では、さまざまな生命が関わり合いながら、長い時間をかけて豊かな環境が育まれています。
人間の社会も、どこか似ているのではないでしょうか。
誰か一人がすべてを担うのではなく、それぞれの存在や役割を尊重し、支え合うことで、豊かなつながりが生まれていく。
自然の循環を大切にすることと、人が支え合う社会をつくること。
私たちにとって、その二つは決して別々のものではありません。
農業を通して食べものを届けることも、人と出会い、知恵や経験を分かち合うことも、同じ未来へとつながる小さな一歩だと考えています。
小さな一歩から、次の世代へ。
私たちにできることは、決して大きなことではないかもしれません。
農業も、暮らしも、まだまだ学ぶことばかりです。
思いどおりにいかないこともあれば、失敗することもあります。
それでも、自分たちが大切だと感じることを、できることから少しずつ形にしていきたいと思っています。
土を育て、食べものをつくり、自然からいただいた恵みを分かち合う。
人と出会い、学び、助け合いながら、新しいつながりを育てていく。
そして、私たちの子どもたちや、その先の世代にも、豊かな自然と、人が支え合える社会を残していきたい。
大きな世界をすぐに変えることは難しくても、自分たちの暮らしから変えていくことはできる。
その小さな一歩が、誰かの一歩につながり、やがて大きな循環になっていくことを願っています。
自然からいただくものを、必要以上に求めすぎないこと。
与えられた恵みに感謝し、独り占めするのではなく、分かち合うこと。
そして、今ある豊かさを、次の世代へとつないでいくこと。
私たちは、この屋久島という土地で、そんな暮らしと農業を続けていきたいと思っています。
形が不揃いな果実も、少し傷のある野菜も、屋久島の土と水、太陽、そして季節の中で育った大切な実りです。
その一つひとつに込められた自然の恵みと、私たちの思いが、皆さまの日常に小さな豊かさを届けられたら幸いです。
キーコンコンファーム(株式会社 LOST IN YAKUSHIMA)
